アパート・賃貸マンション建設会社のパワハラに見る人間性の低さ


アパート・賃貸マンション建設大手会社がパワハラで訴えられ、裁判所は賠償支払を命じる。

パワハラ事件を見るたびに、パワハラ加害者の人間性の低さ・モラルのなさに呆れます。

アパート・賃貸マンション建設大手会社の事例

2012年10月に入社した40代の男性は支店に勤務していたとき、2013年12月ごろから同年代の上司からパワハラを受けるようになりました。

業務上のミスなどを理由に突然担当を外されたり、「がんウイルス」「きもい」「ガンが移る」などのひどい罵声を浴びせられたそうです。

そのため、うつ病を発症し、2014年10月ごろに退職しました。

その後、労働基準監督署が男性のうつ病を労災と認定しました。

男性は会社と元上司を相手に訴訟を起こし、2017年12月5日の判決で裁判所は会社側に約160万円の賠償支払を命じました。

元上司は「教育的指導」と反論していましたが、裁判所は「教育的指導の範囲を逸脱している」と判断しました。

事例に見る人間性の低さ

この事例では、パワハラ加害者が被害者に対して悪感情を抱いていたと推察できます。

元上司A氏は男性B氏を嫌っており、彼をいじめることで自分のストレスを発散させていたのではないでしょうか。

B氏は2012年に入社した時点で30代後半もしくは40代だったと思われるので転職組だったのでしょう。

もしかするとA氏はB氏が転職組だったということもあり「がんウイルス」となじっていたのかもしれません。

これは推測の域を出ませんが、A氏は新しいものを受け入れるのが苦手で自分の活動下に新しいものが入ってくると排他的になる性格の持ち主だったと考えられます。

私たちはだれしもこれまでとは異なるものに対して最初は抵抗を感じるのが普通ですが、それでもそれに慣れていくものです。

相性もあったと思われますが、A氏は最後までB氏を「仲間」として受け入れることができなったのでしょう。

しかしそこは社会人、人として最低限のモラルを守るべきだったのではないでしょうか。

自分と馬が合わない人をいじめることは、しようと思えばだれでもできる一番低レベルな付き合い方です。

たとえそういう人がいても自分をコントロールし、上手に付き合っていくことができて初めて人間として成長できます。

身につけるべき人間性とは

自分の職場に新しい人が入ってきたとき、どうすれば人間関係を円滑にし無駄な緊張関係を生まないようにすることができるでしょうか?

仕事を親切丁寧に教えてあげる

自分が相手よりも長く職場にいることは人間として相手より優れていることにはなりません。

長くいる分、仕事のやり方や知識の面で少しばかり相手より勝っているとしてもです。

もしそれらの面で勝っているのなら、それこそ無視したりだんまりを決め込んだり、相手から尋ねに来るのを待っていたりするのではなく、進んでその人が必要とする情報を分け与えてあげるべきではないでしょうか。

仕事に早く馴染むことができるよう親切に丁寧に教えてあげるべきです。

それが会社の利益になります。

もし自分と相性が合わないなどの低レベルな理由でいじめたせいでその人の生産性が上がらなかったとすれば、それはその人を通して会社が受けたであろう利益を実際には奪っていることになり、会社への背信行為ともいえます。

仲間として受け入れる

新しく入ってくる人は新しい環境で当然緊張しています。

その緊張をほぐし、本来持っている潜在能力を発揮できるように助けられるのは周りの人だけです。

進んで近づいてあいさつし、受け入れていることを態度で示しましょう。

休みの時間には食事に誘ったり困っていることがないかどうか尋ねてあげることができます。

そうした努力は、その人が環境に早く慣れて仕事に打ち込むことができるように助けます。

新しく入ってきた人が一日でも早く仕事に慣れることは会社の利益になるだけでなく、あなたが今している仕事をより効率よくサポートしてくれるものとなるかもしれません。

人として尊重する

すべての面でほかの人より優れている人はまず存在しません。

たとえ仕事の面では勝っている点があるとしても、人間性では学べるところがあるはずです。

そういう謙虚な態度を持つなら、自分の人間性に奥行きができ人として成長できます。

懐の深い人というのは人から学べる人であり、自分と異なる人を受け入れることができるだけのおおらかさがある人です。

自分と相性が合わない人でも自分を成長させてくれる人とみなせば相手に対する態度や見方が変わるのではないでしょうか。

この人がいたから自分は成長できたんだという、より高尚な考えを持てば感謝の気持ちすら湧いてきます。

パワハラは器の小さい人間がすること

パワハラをする人は自分が人間として非常に器が小さいことを公表しているようなものです。

自分の小ささを隠そうと強がっているとも言えるかもしれません。

もしくは自分が井の中の蛙でしかないことを知らない悲しい人とも言えます。

人間性のない人が権威や権力を持つほど悲惨なことはありません。

そのもとにいる人たちが苦しむだけです。

いま一度自分を見つめ直し、立場に見合った資質を持っているか自己分析してみましょう。