【職場 人間関係】仲良くしたくても相手が合わせてくれないなら


人とうまくやっていきたいと思うのは自然なことです。

職場関係や近所付き合いで気を使うのはそのためです。

しかし、相手によってはどんなに頑張ってもうまくいかないことがあります。

そんなときはどうしますか?

現実に対する極端な対応を避ける

よほどのことがない限り、人から嫌われたいと思う人はいません。

人間関係が悪くなると、緊張状態が走り、何をやってもギクシャクしてしまいます。

ですから、わたしたちは何とかして雰囲気を良くしようと努力します。

しかし、自分の努力が「骨折り損のくたびれもうけ」になっているように感じるとき、人は容易にもう一つの極端に走りがちです。

それは、その人のことを徹底的に嫌うこと。

自分が努力した分だけ、針を同じだけ逆方向に振ろうとします。

こうすることによって、自分のしてきたことの埋め合わせをしようとします。

相手に払ってきたのと同じだけでの努力で、相手との間に深い溝または高い山を作ろうとします。

自分と仲の良い友人を集めて、徹底的にその人を無視しようとするかもしれません。

もしこうした極端な行動を取るとしたら、それはあなたの人間関係の動機を明らかにします。

自分勝手な友人作り

相手が自分の努力に応えてくれないからもう一つの極端に走るとしたら、人間関係を作る目的がかなり利己的であることを露呈しています。

人間関係は対等な関係であるはずなので、それを受け入れるか受け入れないかは相手に選択権があります。

しかし、極端な行動を取る人は自分に選択権があると思い込んでいます。

相手は自分の好意を受け入れるべきである、受け入れないとしたら相手が悪い、この考え方をすると人間関係はすでに対等ではありません。

またそれは、その人の自信の欠如も明らかにしています。

当人に何かしらコンプレックスがあるのかもしれません。

そのコンプレックスを隠すため、または自分がそれを忘れるために友人作りに熱心だとすれば、自分の好意に反応を示さない人はその人にとって脅威の存在となります。

いつか自分の弱いところを突かれはしまいかとビクビクしてしまうのです。

そのため、そうならない状況を作るため相手の状況や立場を弱める戦略を立てます。

無視したり徹底的にいじめたりして、相手が自分に反抗してこないようにします。

しかし、こうした極端な行動を取る人は恐怖支配をしていることと同じであり、遅かれ早かれその人の人間関係は破綻します。

人間関係は対等

人間関係は対等であることをもう一度肝に銘じる必要があります。

好意を受け入れるか受け入れないかの選択権は相手にあります。

自分の好意が受け入れられなかったとしても、それは相手が自分を嫌っていることにはなりません。

まして自分が見下げられていると感じる必要もありません。

自分とそれほど仲良くなろうとしない人の尊厳を尊重しながら付き合っていける人こそ、人間として円熟しています。

人間関係に駆け引きのないそのような人には自然と引き寄せられます。

人間関係を損得勘定で築いている人の周りからはいつしか人は離れてしまうものです。

人を嫌いにならないために

自分と少し距離がある人とうまく付き合うためには、相手の嫌なところを見るのではなく、良いところを見るよう意識的に努力することです。

すべての人に良いところがあります。

その良いところを見つけるよう努力すれば、いつしか相手の良さゆえに自分のほうから相手に近づきたいと思えるようになるでしょう。

それこそ本当の友達作りであり、気持ちの良い友情に発展します。

相手の価値を高く評価して近づくからこそ、その関心は本物となります。

相手もあなたの関心が嘘偽りのないものと気付いて心を開いてくれる可能性は高くなるでしょう。